第5話『ある美術監督の物語』
- 豊田利晃

- 2021年3月30日
- 読了時間: 2分

美術の佐々木さんとは2019年の秋、京都のメトロで出逢った。その日、池田亮司の6時間DJの日で、多くの観客はテクノを期待していたが、池田亮司はパンクミュージックを22時から朝までノンストップでかけ続けた。おしゃれな男女はすぐに帰り、最終的には僕たちの仲間と数人の客しか残っていなかった。5人ぐらいである。その中に美術の佐々木尚さんはいた。僕を見かけて「豊田監督ですよね?」と声をかけてくれた。佐々木さんのことはよく知っていた。『キルビル』やホドロフスキーの映画を見ていた。カメラマンの重森さんと同じ会社で、重森さんからも「きっと気が合う」と言われていた。佐々木さんがいつ帰るかと見ていたが、帰らない。僕も池田亮司のパンクスピリッツに興奮して最後まで見届ける決意をしていた。最高の一夜だった。あの夜を共有できた人は信用できる。だってパンクを6時間なんて普通のやつでは無理だ。連絡を交換して朝方に別れた。数日後、佐々木さんからメールがあり、佐々木さんの娘と僕の息子が大学の同級生だということが判明した。そのとき『破壊の日』の美術部がいなくなり、ちょうど美術を探していたので佐々木さんに無理を承知でお願いした。「来週、現場なんですが、来てくれませんか」。佐々木さんはマイカーをぶっとばしてクランクイン二日前に現場に来てくれた。そして、最後までかかわってくれた。そのことに感謝しかない。作品の質は上がり、現場の意識を上がった。今回は佐々木さんに声をかけた。少ない予算の中で、派手な美術で有名な佐々木さんがなにをしでかしてくれるか、楽しみで仕方ない。
2021年3月30日 豊田利晃




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